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大阪高等裁判所 昭和62年(う)582号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人本渡諒一、同洪性模連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、(一) 被告人が昭和五九年二月二〇日の在留期間を経過して同六二年二月二日ころまで本邦に在留したのを不法残留と解すべきではない、(二)被告人には不法残留の故意がない、(三) 仮に被告人の行為が形式的には出入国管理及び難民認定法(以下これを法と略称する。)七〇条五号に該当するとしても実質的違法性がない、それにもかかわらず、本件につき被告人の不法残留を積極に認定した原判決は、被告人の在留状態についての事実を誤認し、ひいては法令の解釈を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない、というのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、右各証拠によれば、

1  被告人は、昭和一五年九月二九日、大阪市生野区で、韓国人の父○○、同母△△の二女として出生し、昭和二〇年前後ころ両親と共に韓国に帰国したが、間もなく両親らは被告人のみを韓国に残し、再度日本に入国してそのまま日本に留つたため、被告人は韓国内の母方祖母の下で成長し、祖母の死亡や二度の結婚生活に破れたこともあつて、昭和五六年四月三〇日東京都内に居住する両親を頼り、日本に入国したこと

2  そして、同年五月に日本人甲野太郎と知合い、同年六月二九日結婚式を挙げ、正式に婚姻したことから、同年七月二八日一旦韓国に帰国し、身辺整理をした後、翌五七年二月二〇日、日本人の配偶者として日本に入国したこと(在留期限は昭和五八年二月二〇日)

3  入国後、被告人は、右甲野と、その先妻との子夏子と共に、東京都中野区中野○丁目△番×号○○コーポ一〇二号室で同居していたが、同年春から子宮に異常が感じられるようになり、同年六月都立駒込病院に入院して開腹手術を受け、同年八月三日退院したものの、右甲野が、時を同じくして胃かいようで入院したことや、被告人と右夏子との折合いが悪かつたこともあり、被告人は、病気静養のためとして都内の両親方に身を寄せたこと

4  しかし、右退院後、被告人の身体の都合で十分な性交渉がもてなくなつたことなどから甲野との仲が気まずくなり、両親とも衝突するなどしたため、間もなく伯父を頼つて大阪市に移り住み、時々上京していたこと

5  この間、甲野は、昭和五八年一二月一五日に東京都中野区××町○―△―□に転居し、三女夏子と内妻乙山春子を同居人として住民登録し、更に同五九年五月一四日には同都練馬区○○×―△―□ハイム○○三〇二号に転居したが、当時同人経営の会社が倒産し債権者らからの追求を免れるため、被告人を含め誰にもその転居先を明らかにしていなかつたこと

6  一方、被告人は、昭和五八年二月一七日東京入国管理局東京出張所に在留期間更新申請をして、同日許可(在留期限は同五九年二月二〇日)を受けているが、これは甲野から連絡を受け、大阪から上京してこの手続を取つたものであること

7  また、被告人は、同五九年二月に甲野から連絡を受けて上京し、同月二〇日再び在留期間更新申請をしたが、住居として甲野の旧住居(中野区中野の○○コーポ)を記載したことなどから、係官に偽装結婚ではないかとの疑念をもたれ、同年三月九日入国審査官の事情聴取を受け(なお、被告人は、この事情聴取の前日に急拠外国人登録法による住所変更届(新住居として中野区××町)をしている。)、右係官の態度などから右申請は不許可になるものと思い込み、同年四月以後は、大阪市内に住居を定めながら、外国人登録法に定められた住所変更届をしないばかりか、許可申請の結果につき甲野との連絡も取ろうとはせず、身を隠すようにしていたこと

8  ところで、入国管理局は、同年四月二七日と同年五月二四日の二回にわたり、郵便で中野区××町の甲野方被告人宛てに出頭通知を発送した(なお、最初の出頭通知は甲野が受領しながら被告人に連絡せず、二度目の通知は、甲野の転居の時期、経緯からみて同人及び被告人には到達していないものと考えられる。)が、被告人が出頭しなかつたため、二度目の出頭通知を発送した時点では、内部的には被告人の在留期間更新申請を許可することが決定されていたけれども、同年六月二日付で、被告人の不出頭(又は所在不明)を理由として右在留更新申請を不許可と変更し、同月四日不許可通知を郵便発送したこと(ただし、この通知も甲野及び被告人には到達していないものと考えられる。)

9  その後、被告人は、同六二年二月二日本件公訴事実と同一の被疑事実(不法残留)により逮捕されたこと

以上の事実が認められる。

(一)  ところで、所論は、被告人において、昭和五八年二月一七日付の在留期間更新申請許可により認められた在留期間中の同五九年二月二〇日に再度在留期間更新申請をしているので、これに対する許否の通知を受けるまではその在留期間は臨時的に猶予延長されたものと解すべきところ(昭和四五年一〇月二日最高裁第二小法廷決定 刑集二四巻一一号一四五七頁参照)、法務大臣(東京入国管理局東京出張所)は同五九年六月二日右申請を不許可とし、同月四日その旨の通知を発送したが、被告人は本件被疑事件により逮捕されるまで同通知を受領していないのであるから、右不許可処分の効力はそれまでの間発生しておらず、従つて被告人の本件在留は適法と解すべきものであるというのである。そこで検討するに、法は在留外国人に対して在留期間更新許可の申請権を認め、これに対応して法務大臣には同申請につき許否いずれかの処分をなすべき義務を課しているのであるから、前示経過のように在留期間中に在留期間更新申請をした被告人については、これに対する許否の処分がなされるまでは、たとえ旅券に記載された在留期間が経過した後においても不法残留者としての責任を問えないものと解すべきである。従つて本件被告人の不法残留の始期は、入国管理局が右不許可通知を発送した昭和五九年六月四日ころとするのが相当であるから、その限度において所論は理由があり、この点についての原判決の事実認定及び法令の解釈適用には誤りがあるといわざるを得ない(なお、前示のように、被告人は、右在留期間更新申請が不許可になるものと思い、身を隠して入国管理局からの連絡、通知が到達しない状況を自らが作出しているのであるから、所論のいうように右不許可通知が到達していないことをもつて同処分の効力が発生していないとすることはできない。)。

(二)  次に、所論は、被告人の外国人登録の切換期限は昭和六二年二月二六日であるところ、被告人においては、それまでの期間は適法に本邦に在留できるものと考えていたのであるから、本件について不法残留の故意がなかつたというのであるが、前示のように、被告人は昭和五八年二月に在留期間更新申請をして同五九年二月二〇日まで一年間の在留を許可され、更に同日付で二度目の同申請手続を取りながら、係官から偽装結婚の疑いにより調査を受け、夫との別居状態についてやむを得ないことの十分な説明ができないまま、右申請手続の結果を確かめようともせずに、大阪市内に住居を定め身を隠していたと認められることなどに徴すると、被告人の司法警察員に対する昭和六二年二月九日付供述調書(検一〇号)及び検察官に対する供述調書記載のとおり、被告人に不法残留の故意のあつたことが明らかであり、これに反する所論同旨の被告人の司法警察員に対する捜査初期の供述調書(検七、八号)の記載並びに原審及び当審公判廷における供述中の所論に沿う部分は措信できない。

(三)  また、所論は、被告人は日本人甲野太郎と婚姻し、同人の法律上の妻であつて、法四条一項一六号、同法施行規則二条一号により在留資格を有するものであるから、法務大臣(東京入国管理局)は、右在留更新申請を当然許可すべきであつたにもかかわらず、被告人と甲野との別居あるいは偽装結婚を理由にこれを不許可としたものであり、これは不当な基準による行政処分、すなわち羈束裁量を誤つた違法な行政行為として取消されるべきものであるところ、本件不法残留はかかる違法な行政処分の結果生じたものであるから、仮にその残留が形式的には法七〇条五号に該当するとしても実質的違法性がなく、被告人は無罪であるというのであるが、前示のように同入国管理局が被告人と甲野との偽装結婚ないしは別居の事実を認定したうえ、これを理由として本件不許可処分をしたものでないことは先に認定したとおりであり、この点において所論はその前提を欠くものといわなければならず、失当である。

以上のとおりであつて、論旨は前示認定(一)の限度において理由があるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。(罪となるべき事実)

被告人は、韓国人であり、その旅券の本邦在留期間は昭和五九年二月二〇日までと記載されているところ、同日付でその在留期間の更新を申請したのに対し、同年六月二日法務大臣がこれを許可しない旨決定し、同月四日その旨の通知を被告人に発送したにもかかわらず、同日ころ以降、同六二年二月二日までの間、大阪市生野区○○△丁目×番△号等に居住し、もつて右在留期間更新不許可通知のなされた後も、在留期間を経過して本邦に残留したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

一 判示所為 出入国管理及び難民認定法七〇条五号

一 刑種の選択 所定刑中、罰金刑を選択

一 労役場留置 刑法一八条

一 訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文

なお、本件公訴事実中、昭和五九年二月二一日から同年六月四日ころまでの在留については、前示の如く犯罪を構成しないものであり、これを無罪とすべきであるが、右は本件罪(継続犯)の一部として起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。(量刑理由)

本件は、韓国人であり、かつ日本人の妻である被告人が、旅券に記載された在留期間の最終日に在留期間更新申請をし、その約四か月後に同申請は不許可となつたのに、その後も約二年半の間本邦に残留したという事案であるが、被告人において入国管理局係官の調査に対し真実を述べて許可を得るための努力をせず身を隠して長期間本邦に不法に残留したものであり、その刑事責任は必ずしも軽微なものとはいいがたいが、前示のように本邦に在留する家族と離れて被告人のみが韓国内で生活し、その後本邦に入国するに至つた経緯には同情すべき点が認められること、本件在留期間更新申請当時すでに夫との婚姻は破綻に近い状態であつたが、その原因は被告人の病気のため性生活が困難となつたことや、夫の先妻の子供との不仲などにあり、これが被告人の責任によるものとは言えないこと、大阪市に身を隠すに至つたのも入国管理局係員が高圧的な態度で甲野との婚姻は偽装結婚ではないかとして一方的に被告人を追求したことが原因のように窺われる余地もあること、当時、折しも被告人の夫の倒産、夜逃げ同然の転居等の事情が加わり、被告人として正当事情を説明するのに困難な事態を加える不運が重なつたこと、入国管理局においても、内部的には本件在留更新申請を許可することが決定されており、かつ被告人の夫方気付けの二度目の出頭通知が相手方に到達せず返送されているのに、被告人の縁戚等を通じて被告人の所在を確かめるなどの努力をした形跡もなく、ただ機械的に被告人が二回出頭しなかつたことを理由として被告人の右申請を不許可と変更していることなど被告人のため酌むべき諸事情も認められるので、これらの点を勘案して、所定刑中罰金刑を選択し、主文のとおり量刑した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田登良夫 裁判官角谷三千夫 裁判官白川清吉)

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